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Karma
エスノ・ビートによる真新しい試みはとうの昔に出尽くしたのか、うわべだけ手の込んだ本作で驚きなのは工夫も鋭さもないところだけである。
けれども、きめ細かでみずみずしいメロディー、つややかなビート、それにクリスティー・サースク、ジャッキィ・ハント、サラ・マクラクランを始めとする才能あるシンガーたちの甘く印象的なボーカルは十分評価できる。ファーストシングルの「Euphoria (Firefly)」にはきらめきとスピリットがあり、また「Enchanted」と「Duende」はそれぞれサースクとキャミール・ヘンダーソンをフィーチャーした強力なナンバーである。(Jeff Bateman, Amazon.com)
Video Collection 1989-1998
本作は、1994年にネットワークというカナダのレーベルからリリースされたビデオ・レトロスペクティブの最新バージョン。
旧盤の収録内容以外に、アルバム『Surfacing』からの3大ヒット・ナンバーと、ファンの間で人気の高い「I Will Remember You」(映画『マクマレン兄弟』のサウンドトラック盤より)が追加されている。本作で、このノヴァ・スコシア州出身の女性歌手が歩んできた道のりをたどっていこう。感傷的な丸顔の娘だった頃から、アルバム『Fumbling Towards Ecstasy』でのブレイクへ、そしてリリス・フェアやマルチプラチナ・アルバムに輝いた『Surfacing』による爆発的名声へ。本作中もっとも初期のビデオは、将来の大物歌手の予感をハッキリと感じさせる。しかし、彼女が黄金時代を迎える前のビデオの数々(カナダ版とアメリカ版ではテイクの半分が差し替えとなっている)を見ていると、高校で一番クールだった友人の卒業記念アルバムをのぞいているような気分になるだろう。おなじみの「Building a Mystery」や「Adia」と同様の素晴らしさをつい期待してしまうところだが、代わりに目にするのは、悪戦苦闘を繰り広げるマクラクランの姿だ。音楽的ビジョン以前に、アーティスト気取りの野暮なポーズばかりが目立っている。1998年のアルバム『Touch』からの曲「Vox」は、ポスト・ニュー・ウェイヴ風の映像が古臭かったり(カナダ版)、中身のない内容だったり(アメリカ版)でイマイチ。『Solace』からの「The Path of Thorns (Terms)」は、モダン・バレエのカップルの傍らでヌード姿のマクラクランが歌うというもの。「Possession」における見当違いな表現(不快で悪しき宗教的描写)のような失敗例もあるが、モノトーンの正統派チューン「Ben's Song」や、ケルト風の「Drawn to the Rhythm」(ロリーナ・マッケニットのスマッシュ・ヒット「The Mummer's Dance」を想起させる曲)の演奏の素晴らしさは、マクラクランの実力があってこそ。とはいえ、我々の知っているマクラクランが登場するのは、「Possession」のアメリカ版ビデオからだ。カジュアルな服装で、目を大きく見開き、ギターを思い切りかき鳴らしながら歌うマクラクラン。ホーム・ムービー的な映像の中、彼女とバンドは、お互いと楽曲を知りつくした様子で、人影のない劇場内にたたずんでいる。だが『Surfacing』からの魔法のようなビデオが証明しているとおり、ずらりと並んだ空席を観客が埋め尽くすのは、そう先の事ではない。(Paige La Grone, Amazon.com)
Nyana
DJティエストがピカピカに磨きをかけた新作『Nyana』は、明るいメロディーとスケールの大きなリズムが詰まった2枚組の力作。
世界のクラブシーンでは、マラソンライヴで一目置かれる存在のティエストは、心地よい女声ボーカルを駆使して最高のトランスを作り出すリミキサーとしても有名。『Delerium』の「Silence」がその好例。ディスク1の見せ場はコンジャー・ワンの「Tears from the Moon」で、シンニード・オコーナー独特の静かな叫びをフィーチャーしている。プラニスフィアの「Totem」も出色の出来。ディスク2はやや変化に乏しいが、ハッピーなダンスチューンはきっちり用意されている。「Remember(Summer Sun)」やフィルターヘッズとの精神分裂的コラボが実現したロック・プロジェクトの「Never」など。ティエストの本領はやはりミックス・レコードよりクラブでのライヴだが、『Nyanna』はサマー・パーティーのオープニングにはうってつけの1枚。天気の悪い日でも景気づけの1枚だ。(Matthew Cooke, Amazon.com)
Extraordinary Ways
穏やかなシンガーたちと瑞々しいエレクトロニックの質感は、息苦しいロマンチシズムと過度の甘ったるいポップの処方箋となる。
コンジャー・ワンを動かすライス・フルバーは彼の他のバンド、デレリアムのラスト・アルバム『Chimera』で負けてしまった。だが、フルバーのポスト・デレリアムのプロジェクト、コンジャー・ワンでは同じ公式を使いながらも、よりダークで時にはさらに不吉なエッジのあるものとなっていた。長らく待たれた彼らの2枚目のCDは、スーパースターのシンガー、シンニード・オコナーが他のあまり知られていない歌手の集団に埋もれているが、他はほとんど変わっていない。「Endless Dream」は前作のアルバムの「Center of the Sun」のように聞こえるが悪くはない。おそらく、魂に取り憑くようなコーラスで、切望の歌詞が聖堂の高みにあまりにも近い気はする。この曲のヴォーカルのクレジットはジェインとなっているが、人間のクローン化を完成した人がいない限り、これは実際はシンガー・ソングライターのポーで、前作のCDから引き続いての参加となる。彼女は温かみのあるクリスタルのように透明なアルトの声をもち、アルバム・タイトル曲のようなぎこちない歌詞でさえも、天の嘆願のように響かせる。ジョアンナ・スティーヴンスは「Dying Light」で言葉を控え、中東の無言の賛歌を通じて恍惚とさせるグルーヴを聴かせる。コンジャー・ワンは異なるプロジェクトになる――きらめくエレクトロ・ポップのオーケルトラル・マヌーヴァ・イン・ザ・ダークを思い出すだろう――-ライス・フルバーが「Beyond Being」やバズコックスのカバー「I Believe」を歌う時は。だが、シンガーのティフ・レイシーとケムダがコンジャー・ワンのサウンドを復活させている。オーケストラ風のエレクトロニカ「Pilgrimage」から心を揺り動かす親密な「One Word」。『Extraordinary Ways』は簡単に人の心を引きつけることのできるアルバムだ。(John Diliberto, Amazon.com)
Long Distance
ポーティスヘッズやビヨークの音楽を気取ったポップミュージシャンがたくさん現れたあとで、アメリカで発売されたアイヴィーの3枚目のアルバム、『遠い道のり』を手にした時は正直ほっとした。
ニューヨークを拠点にするトリオが生み出す、トリップ・ホップと、パリ生まれのヴォーカル、ドミニーク・デュランが歌うクラシックなフレンチポップを融合した物憂げで、心に語りかけるようなサウンド、そして彼らが醸し出す深く悲しげな音楽のなかには、インディーな冒険心が満ちあふれている。デュランは、自己弁護したり、相手をなじることもなく、恋人に別れを告げるつらさを「失望」という曲で歌っているけれど、彼女ほど、聞いている人間に、つらい気持ちを共有させてしまうシンガーソングライターはほとんどいないのではないだろうか。「愛し合っている時にも」も、同様のもの悲しさが漂っている。しかし、『遠い道のり』は、自己中心的で冷淡な感情を、自らの感傷にのめり込むだけで表現している訳ではない。もしリスナーが幸せに満ちあふれていたとしてもこれらの曲に不思議に共感してしまうことだろう。このアルバムでは、1986年発表されたブロー・モンキーズの曲、「ディギング・ユア・シーン」がフィーチャーされている。そしてアイビーは夏の終わりの気怠い白昼夢のなかで、静かに忍び寄る別れの予感を、いとも簡単に表現し、その豊かな才能を証明した。(リッキー・ライト ,Amazon.com)
エスノ・ビートによる真新しい試みはとうの昔に出尽くしたのか、うわべだけ手の込んだ本作で驚きなのは工夫も鋭さもないところだけである。
けれども、きめ細かでみずみずしいメロディー、つややかなビート、それにクリスティー・サースク、ジャッキィ・ハント、サラ・マクラクランを始めとする才能あるシンガーたちの甘く印象的なボーカルは十分評価できる。ファーストシングルの「Euphoria (Firefly)」にはきらめきとスピリットがあり、また「Enchanted」と「Duende」はそれぞれサースクとキャミール・ヘンダーソンをフィーチャーした強力なナンバーである。(Jeff Bateman, Amazon.com)
Video Collection 1989-1998
本作は、1994年にネットワークというカナダのレーベルからリリースされたビデオ・レトロスペクティブの最新バージョン。
旧盤の収録内容以外に、アルバム『Surfacing』からの3大ヒット・ナンバーと、ファンの間で人気の高い「I Will Remember You」(映画『マクマレン兄弟』のサウンドトラック盤より)が追加されている。本作で、このノヴァ・スコシア州出身の女性歌手が歩んできた道のりをたどっていこう。感傷的な丸顔の娘だった頃から、アルバム『Fumbling Towards Ecstasy』でのブレイクへ、そしてリリス・フェアやマルチプラチナ・アルバムに輝いた『Surfacing』による爆発的名声へ。本作中もっとも初期のビデオは、将来の大物歌手の予感をハッキリと感じさせる。しかし、彼女が黄金時代を迎える前のビデオの数々(カナダ版とアメリカ版ではテイクの半分が差し替えとなっている)を見ていると、高校で一番クールだった友人の卒業記念アルバムをのぞいているような気分になるだろう。おなじみの「Building a Mystery」や「Adia」と同様の素晴らしさをつい期待してしまうところだが、代わりに目にするのは、悪戦苦闘を繰り広げるマクラクランの姿だ。音楽的ビジョン以前に、アーティスト気取りの野暮なポーズばかりが目立っている。1998年のアルバム『Touch』からの曲「Vox」は、ポスト・ニュー・ウェイヴ風の映像が古臭かったり(カナダ版)、中身のない内容だったり(アメリカ版)でイマイチ。『Solace』からの「The Path of Thorns (Terms)」は、モダン・バレエのカップルの傍らでヌード姿のマクラクランが歌うというもの。「Possession」における見当違いな表現(不快で悪しき宗教的描写)のような失敗例もあるが、モノトーンの正統派チューン「Ben's Song」や、ケルト風の「Drawn to the Rhythm」(ロリーナ・マッケニットのスマッシュ・ヒット「The Mummer's Dance」を想起させる曲)の演奏の素晴らしさは、マクラクランの実力があってこそ。とはいえ、我々の知っているマクラクランが登場するのは、「Possession」のアメリカ版ビデオからだ。カジュアルな服装で、目を大きく見開き、ギターを思い切りかき鳴らしながら歌うマクラクラン。ホーム・ムービー的な映像の中、彼女とバンドは、お互いと楽曲を知りつくした様子で、人影のない劇場内にたたずんでいる。だが『Surfacing』からの魔法のようなビデオが証明しているとおり、ずらりと並んだ空席を観客が埋め尽くすのは、そう先の事ではない。(Paige La Grone, Amazon.com)
Nyana
DJティエストがピカピカに磨きをかけた新作『Nyana』は、明るいメロディーとスケールの大きなリズムが詰まった2枚組の力作。
世界のクラブシーンでは、マラソンライヴで一目置かれる存在のティエストは、心地よい女声ボーカルを駆使して最高のトランスを作り出すリミキサーとしても有名。『Delerium』の「Silence」がその好例。ディスク1の見せ場はコンジャー・ワンの「Tears from the Moon」で、シンニード・オコーナー独特の静かな叫びをフィーチャーしている。プラニスフィアの「Totem」も出色の出来。ディスク2はやや変化に乏しいが、ハッピーなダンスチューンはきっちり用意されている。「Remember(Summer Sun)」やフィルターヘッズとの精神分裂的コラボが実現したロック・プロジェクトの「Never」など。ティエストの本領はやはりミックス・レコードよりクラブでのライヴだが、『Nyanna』はサマー・パーティーのオープニングにはうってつけの1枚。天気の悪い日でも景気づけの1枚だ。(Matthew Cooke, Amazon.com)
Extraordinary Ways
穏やかなシンガーたちと瑞々しいエレクトロニックの質感は、息苦しいロマンチシズムと過度の甘ったるいポップの処方箋となる。
コンジャー・ワンを動かすライス・フルバーは彼の他のバンド、デレリアムのラスト・アルバム『Chimera』で負けてしまった。だが、フルバーのポスト・デレリアムのプロジェクト、コンジャー・ワンでは同じ公式を使いながらも、よりダークで時にはさらに不吉なエッジのあるものとなっていた。長らく待たれた彼らの2枚目のCDは、スーパースターのシンガー、シンニード・オコナーが他のあまり知られていない歌手の集団に埋もれているが、他はほとんど変わっていない。「Endless Dream」は前作のアルバムの「Center of the Sun」のように聞こえるが悪くはない。おそらく、魂に取り憑くようなコーラスで、切望の歌詞が聖堂の高みにあまりにも近い気はする。この曲のヴォーカルのクレジットはジェインとなっているが、人間のクローン化を完成した人がいない限り、これは実際はシンガー・ソングライターのポーで、前作のCDから引き続いての参加となる。彼女は温かみのあるクリスタルのように透明なアルトの声をもち、アルバム・タイトル曲のようなぎこちない歌詞でさえも、天の嘆願のように響かせる。ジョアンナ・スティーヴンスは「Dying Light」で言葉を控え、中東の無言の賛歌を通じて恍惚とさせるグルーヴを聴かせる。コンジャー・ワンは異なるプロジェクトになる――きらめくエレクトロ・ポップのオーケルトラル・マヌーヴァ・イン・ザ・ダークを思い出すだろう――-ライス・フルバーが「Beyond Being」やバズコックスのカバー「I Believe」を歌う時は。だが、シンガーのティフ・レイシーとケムダがコンジャー・ワンのサウンドを復活させている。オーケストラ風のエレクトロニカ「Pilgrimage」から心を揺り動かす親密な「One Word」。『Extraordinary Ways』は簡単に人の心を引きつけることのできるアルバムだ。(John Diliberto, Amazon.com)
Long Distance
ポーティスヘッズやビヨークの音楽を気取ったポップミュージシャンがたくさん現れたあとで、アメリカで発売されたアイヴィーの3枚目のアルバム、『遠い道のり』を手にした時は正直ほっとした。
ニューヨークを拠点にするトリオが生み出す、トリップ・ホップと、パリ生まれのヴォーカル、ドミニーク・デュランが歌うクラシックなフレンチポップを融合した物憂げで、心に語りかけるようなサウンド、そして彼らが醸し出す深く悲しげな音楽のなかには、インディーな冒険心が満ちあふれている。デュランは、自己弁護したり、相手をなじることもなく、恋人に別れを告げるつらさを「失望」という曲で歌っているけれど、彼女ほど、聞いている人間に、つらい気持ちを共有させてしまうシンガーソングライターはほとんどいないのではないだろうか。「愛し合っている時にも」も、同様のもの悲しさが漂っている。しかし、『遠い道のり』は、自己中心的で冷淡な感情を、自らの感傷にのめり込むだけで表現している訳ではない。もしリスナーが幸せに満ちあふれていたとしてもこれらの曲に不思議に共感してしまうことだろう。このアルバムでは、1986年発表されたブロー・モンキーズの曲、「ディギング・ユア・シーン」がフィーチャーされている。そしてアイビーは夏の終わりの気怠い白昼夢のなかで、静かに忍び寄る別れの予感を、いとも簡単に表現し、その豊かな才能を証明した。(リッキー・ライト ,Amazon.com)
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